『第24回 瓜生岩子賞』 受賞

 理事長 角田 ミキ子が11月10日に開催されました「第70回 福島県社会福祉大会」の席上で「瓜生岩子賞」を受賞いたしました。
 
 法人といたしましても、理事長と共に歩んできた障がいをお持ちの方の多方面にわたる支援が理解されたのだと職員一同、大変嬉しく思っております。
 
 当日のべた謝辞を掲載致し、ご報告とさせていただきます。

【瓜生岩子賞について】

 本県の生んだ社会福祉事業の先覚者・瓜生岩子は、1829年(文政12年)耶麻郡小田付村(今の喜多方市)に生まれ、1897年(明治30年)に69歳で世を去るまで、孤児救済のために育児院や貧困者向け済生病院の開設等、献身的に生涯を社会福祉に挺身されました。
 こうした岩子刀自の先覚者としての遺徳をしのび、その偉業を永く後世に伝えるため、岩子刀自が県内に初めて創設した鳳鳴会育成部(現在の児童養護施設「福島愛育園」)が100周年を迎えたことを記念し、福島県社会福祉協議会では、岩子刀自の精神にふさわしい社会福祉に功績のあった方々を顕彰する瓜生岩子賞表彰制度を平成5年に創設し、これまで23回の表彰を行ってきました。

【 謝 辞 】

 私は今、瓜生岩子賞受賞の栄誉に、胸を熱くしております。瓜生岩子の精神は、人として、また社会福祉に係わる者として、誰もが目標としております。

 今回、この賞をいただいた事に、私は計り知れない程の重みを感じております。

 人とかかわる事が大好きで、いつも多くの方々と接することで、自分を成長させたいという思いで歩んで来た私は、今、この仕事が出来ることを、大変幸せな事だと感謝しております。

 現役時代のほとんどを、福祉関係に係わっていた私は、第二の人生を、今まで学んだ知識を少しでも生かせたらと思い、現在に至っております。

 私共の法人の目的は、障がいを持っていても、地域の中で、親や兄弟と暮らして行ける様に、又自分の能力を最大限生かして、自立した生活が出来る様にと、側面から支援することにあります。

 私は、この年令になって彼等から体験を通して、多くのことを学ばせてもらいました。  

 ○やれば出来る

 ○あきらめてはいけない

 ○希望を持つ

ということです。

一人でも多くの方が、住み慣れた地域の中で、人として、普通にあたりまえの暮らしが出来るよう、一緒に歩んでまいりたいと強く思っております。

 今後においても、地域と共に、又、地域に必要とされる法人となれる様、努力してまいる覚悟でございます。

 今回、この賞をいただいたのは、私一人でなく、150人の法人の職員が、「人と人をつなぐ架け橋を創造する」という法人の理念の実現に向けて、同じ方向を向いて歩んでくれたからだと思っております。

 法人にかかわる者として、この賞をいただいた事に感謝し、心から皆様にお礼申し上げます。

本当にありがとうございました。

 

                     理事長 角田 ミキ子